〜意識や注意に頼らない“仕組み”のつくり方〜
■「なぜ、あれほど言ってもやってくれないのか?」
- 簡単なことのはずなのに、スタッフがなかなかやってくれない。
- 良かれと思って始めたルールが、まったく定着しない。
そんな経験はないでしょうか?しかも厄介なのは、それがスタッフの「反抗」ではないということです。むしろ、彼らはあなたの指示に心から同意し、やろうと努力している。それでも、なぜか現場では定着しない、うまくいかない…そんな「同意の上で失敗している」パターンに、あなたは悩まされていませんか?原因は、そのルールが人の注意や意識に依存した設計になっているからです。
■自分自身が“守れなかった”ルール
私自身が、痛感した話があります。あるとき、私は新規工場の生産立ち上げ準備を担当していました。工場はすでに清掃が行き届いており、内部は清潔。しかし工業団地側の事情で、急遽、外構工事が始まり工場の外周が塵だらけになってしまいました。この工場では本来、「外は外履き、中は上履き」というルールを設けていました。しかし、普段からそれが徹底されていたわけではありませんでした。屋内が汚れることを防ぐべく、私は責任者として「上履きの徹底」を強く再アナウンスしました。出入り口に注意喚起の貼り紙もし、毎朝の朝礼でも念押し。スタッフも「分かりました」とうなずいてくれていました。そんな中、私の管轄の隣の工場で急用があった際に、私自身が上履きのまま外へ出て行ってしまったのです。スタッフに指摘されるまで、まったく気づきませんでした。自分が言ったルールを、自分が守れていなかった。正直、ショックでした。
■失敗の原因は「意識の欠如」ではない
「なぜ、自分はこんな簡単なルールを守れなかったのか?」その結論はシンプルでした。 “ステップが地味に多い”からです。このルールを守るには、最低3つの行動が必要でした。
- ルールを思い出す(または貼り紙を読んで内容を認識する)
- 下駄箱まで歩く
- 靴を履き替える

特に1と2でつまづき易い。急いでいれば、貼り紙は目に入らない。下駄箱が少し離れていれば、「ちょっとだけだから…」とスルーしてしまいたくなる。私はそこで、環境を変えることにしました。外構工事の期間中だけ、下駄箱を出入り口の目の前に移動させたのです。


絵を見ていただければ分かる通り、正直邪魔な位置ですが、それがミソです。結果、出入り口に立った瞬間に下駄箱が視界に入る。自然とルールを思い出し、履き替える流れができました。 私自身の履き替え忘れはゼロになり、スタッフの行動も明らかに変化しました。工事が終わってからも、下駄箱は元の場所ではなく、動線上の目立つ位置に再設置。ルールの定着率が飛躍的に改善しました。

■ルールが守られないのは「人間が悪い」のではない
このエピソードから学んだことはシンプルなことでした。人の注意力や意識に大きく頼ったルール設計では、行動は定着しない。人には悪意があるわけじゃない。でも「つい、うっかり」「少しだけなら」という気持ちが出るのが人間です。だから、意識ではなく環境で制御するのが現実的なのです。「靴を履き替える」という簡単な動作であっても、必要なステップ数が多かったり不慣れな行動を要求すると実行されにくい。それなら「そのルールで実現したい結果に至るまでのステップをとことん削る」べきです。数を減らすだけではなく、ネックになりやすいステップ自体を無くすこともできれば理想的です。
■この考え方は、あらゆる場面に応用できる
こうした考え方が適用できるのは、工場だけに限りません。例えば、
- 新しいチェック表を導入したいとき
- ミス再発のフローを作りたいとき
- 報告や記録の習慣を定着させたいとき
そのたびに、「新しい手順」を足すのではなく「今のプロセスの中に自然に埋め込めるか?」「敢えてステップを削り、その代わりとなる機能を果たせる変更を物理的に加えることで、目的を達成できないか?」これを問い直すことが重要です。
■文化として根づかせるには
こうした「省ステップの仕組みづくり」は、暫定的には管理者や駐在員がお手本を見せる必要があると思います。ですが恒久的には、現場のスタッフ自身が考え、実行する文化に昇華させるべきです。
そのために必要なのは、まず1つ、「成功体験」を共有すること。一つの成功事例が、チーム全体の「こうすればうまくいく」という型になります。改善とは、新しい何かを足すことではなく、今あるステップを“減らす”ことから始める。そもそもネックになっているステップ自体をなくすことが出来れば問題は消える。この考え方をチームで共有できたとき、あなたの現場は確実に変わり始めます。
■あなたの現場でも試してみてください
今、あなたのチームで「ルールが守られない」「作業が定着しない」ものはありますか?それが3ステップ以上かかる動作なら、まず1つだけ削ってみてください。「決めたのにできない」は、決して“人のせい”ではありません。ルール設計を見直し、省ける部分を省くことで、無理なくできるように変えられるのです。そうやって、守るべきルールは最小の注意力で遵守し、本来優先すべきより付加価値の高い仕事に対してもてる集中力を投下しやすい環境を作っていく。
それが「あるべき姿」です。
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